2008年3月16日日曜日

コドモネタ 22

これから共働きパパになる方へ(10)

前回お話した「自分企画書」ですが,結構,自分以外の方の分を作る援助って大変ですね。

「オイラくんの場合は,仕事が個人裁量が多いし,家でもできること多いからいいよね」
とか,
「うちはチームでやる仕事でさ,1人欠けたら仕事回らない日が出てくるよ~」
とか,それぞれ内容と量に凸凹がありますよね。

自分的には,「子育て中の人ばかりがユルい(恩恵を受ける)制度ではマズいよね・・・」という気もします。
ただ,子育て中の人のほうが,タイム・マネジメントや,将来起こりうるリスク管理などは,経験上,他の社員より長けているように思います。

舛添要一さんがコラムか何かで,「初めて子供を授かったとき,あまりの慌しさに,新刊2冊の執筆を引き受けていたが,結局その年は1冊も書けなかった」と仰ってました。

この気持ちよく分かります。
子供がいると,まったく今までの時間感覚では仕事になんないですよ。根本的に見直さないと。
オイラの先輩で,
「昔は1年で完成させた仕事でも,子育て中は3年かかった」という方がいました。

それは極端にしても,子育てしながら,資格の勉強とかしている方もいますよね。
そういう方からみると時間って,ホント「プレシャス」ですよね。

P.S
次から音楽話題に戻りますね~。

コドモネタ 21

これから共働きパパになる方へ(9)


社長:「よっ,君にいろいろ手伝ってほしいことがあるんだよ」

オイラ:「はー,なんでしょう(クビではないの?)」

社長の机には,相当な数の本が散らばっていました。ワークライフバランス関係や残業ゼロにする方法,労使関係,心理学,脳内科学の本など様々でした。もちろん経営者側から見た視点の本がほとんですが,なんとなく言わんとしていることは理解しました(子育て本はないな・・・ ←それはオイラが読んでるから社長的には要らないという解釈のようです)。

ほとんどは雑談でしたが,久しぶりに建前ではない本音話をしたと思います。


オイラ的には,そのとき,せっかくだからと社長室に書類をひとつ持参していきました。


「自分企画書」です。

・自分はこういう男です。
・家族構成はこうです。
・ヨメさんの勤め先はこんなところです。
・夫婦それぞれの勤務形態はこうです。
・自分の仕事の内容と進め方はこうです。
・普段のタイムスケジュール
・休みの日のタイムスケジュール
・子供が病気のとき,いつもどうやって「綱渡り」しているか
・今後,似たような「綱渡り」が起こったとき,どのように仕事上の「リスクヘッジ」をするか
(自分が代休をもらうとき,ヨメさんが休むときの仕事の進め方パターンなど。また親に来てもらえる場合の,仕事上のロスタイム計算とか,家に仕事を持ち帰る場合のリスク管理など,かなり詳細に書きましたか)


会社としてはズルズル休んだり,仕事が遅れたり達成に支障が出るのがリスクとなりますから,「自分にはこのようなヘッジ方法があります。なので,万一のときは堂々と休みます」という,オイラなりの宣言書を書いたつもりなんです。

営業センスが全く乏しいオイラですが,仕事の納期や「やり忘れ」で会社に迷惑をかけたことはなかったはずだ,というのを,ささやかな自慢にしていました。

もし,「自分企画書」を出して,会社が迷惑するようだったら,自ら去ろうと思っていました。


今の流れ的には,むしろ,社員それぞれに合った「自分企画書」作りの,そのまた土台作りをプランニングする手伝いがまわってきそうです(苦笑)。
今の仕事のほかに,この仕事が上乗せかい!(苦笑)。

こういうプランニングや,残業ゼロを目指す仕事術って中小企業の事例がほとんどないですよね。
やりがいはありますが,それぞれに個人で局面打開する仕事が多いですし,抜本的に社員が少ないから残業してるって部分もありますよね。

ただ,安藤哲也さんの本にもありましたけど,職場に「ロック」な感性で,揺さぶりをかける感覚を持ち込まないと,道は開けないことは確かですよね。
(続く)

コドモネタ 20

これから共働きパパになる方へ(8)

「サービス残業は減らそう!」とか,「ワークライフバランスを推進しよう!」って世の中動いてますよね。イイことだと個人的には思います。

ただ,
旗振ってくれる人は増えましたけど,どうやったら成功するかっていうと「実際に仕組みを考える人」,「継続して実践する人」が増えないとだんだん尻すぼみになりますよね。
中小企業のほとんどは,管理職がプレイング・マネージャーな人ばかりですから,忙しさにかまけていると,どんどん時間が過ぎてきますよねー。

で,会社で,最近ですが,「どうやったらワークライフバランスのとれた職場」になるかを推進するために,コンサルティング会社さんにいろいろと指導を仰いだんです。

約1年かけて成功事例を作る,ということでした。
最初の半年は,コンサル側数名と,会社の上級管理職数名でブレーンストーミングと方向性の提案をまとめたようなんです。

半年後の途中経過報告は,オイラも参加させてもらって意見交換会がありました。


その報告の内容は・・・
「社員の給与水準を上げてやれば,勤務意欲も向上し,アフター5に使えるお金も増えて,家族も喜ぶしイイことずくめ。なのでワークライフバランス推進のためには給与水準の向上が一番である」
というものでした・・・。


とてもガッカリしましたし,半端でない憤りも覚えました。

だって,こんだけ営業ノルマも厳しくて,残業も増えて,休みに出てきて,子供の寝顔が見れない社員が多い世の中でさ,給料も確かに欲しいけど,大切なのって,給与以外にもあるでしょう!
現に,若手社員の何人かは,「今の給与は決して多くないけど,休みが増えてくれれば今の給与でも別にOKっすよ」って言ってるし,若手のほうがむしろ雰囲気感じ取ってるよね。

例えばさ,事業部制組織の弊害はなかったのか,とか,連結会計のデメリットがグループの一部の会社に猛烈なプレッシャーかけてないか,とかさ,どう考えても3年後まで黒字に出来ない事業を単年度黒字決算にしろとかさ,いろいろ家族だんらんを阻む弊害ってあるでしょう。
それに,「給料増やしてやったんだから,今までの構造的な問題や個人の不満はもう言うなよ」ってわけ?

コンサルティング会社雇って,「すべての解決のカギは給与水準です」なんて答え,いまどき誰が信じるのよ!
そんな提案するコンサル会社ってある?
コンサルティング・フィーって半端な金額じゃないんだよ!
俺なら絶対そんな会社雇わない!


会議中は,極めて冷静にコメントしたつもりでしたが,同僚からは「オイラくん,相当,怒ってたね・・・」とのコメントも・・・。
オイラ単独ライブだったようです。


数日経って,
「こんだけ文句言ったから,クビでもいいや。来月から専業主夫の練習だな。ハハハ」
と極めて冷静にフランクに机の整理とか・・・。

「なんかアメリカとかって,専業主夫何年かやった後に社会復帰できるキャリア・パスがあるみたいだよなー。いいなー・・・」
とかぼんやり考えてました。


廊下を歩いていると社長から
「オイラくん,ちょっと来なさい・・・」

お~,来ましたか。戦力外宣告(苦笑)。
(続く)

コドモネタ 19

これから共働きパパになる方へ(7)

保育園で知り合ったパパがいます。
我が家では,「メリーちゃんのパパ」と呼んでいます。ちなみにお子さんの名前はメリーちゃんではないです(笑)。
ご出身はオーストラリアだったかもしれません。

メリーちゃんの家は,たいてい「送り」も「迎え」もパパです。ママもいますが,ココ一番のときにしかママは来ません。

メリーちゃんの家は,オイラより来るのが遅くて,帰るのはうちより早いです。オイラんとこより遅いとなると結構,始業時間に間に合わないんでは?,とか,うちのヨメさんより早く帰るには,どうやって仕事切り上げてんだろ?,とか疑問なことが多かったんです。

カギはやはり,会社と家と保育園が接近しているということと,パパの会社はクルマ出勤OKなんですね(でも都内でマイカー留めれる会社って相当ですよ。外国人枠とか?・・・)。

普段早くお迎えに来ても,やはり,残業とかありますよね。そんときは,一旦メリーちゃんを,ママに預けて,すぐ会社に戻り猛烈にお仕事みたいです。
日本語がカタコトなんで,あんまり根掘り葉掘り聞けてないんですが(あー英語勉強しなきゃ!),子育て中は,一旦家に帰ったり,家で仕事したりフレキシブルな仕事体制でOKみたいですね。
見た感じ,かなり子育てエンジョイしてる様子です。

お迎えに来たとき,時間に余裕があると,絵本を園児に読み聞かせやってるんですヨ(もちろん英語だけど)。
園の中に英語の絵本ないから,絵を見てアドリブで話してるんですね。
子供たちも面白がって,集まってくるんです。
(あるとき,マイギター持ってきて歌ったりしてました。曲名わからんかった・・・)

当時の園長さんが面白い人で,ノセるのも上手っていうのもあったと思いますが,世の中の会社のパパもかなりの比率で,メリーちゃんのパパみたいにできたらなー・・・,とか漠然と思ってました。


ときは数年過ぎて,次男が生まれ,今は二児のメタルキッズ予備軍が毎晩どんちゃん騒ぎしてるわが家ですが,あることがきっかけでインフラ整備の仕事が舞い込んできました。インフラってなんだ?・・・。

社内のネット環境整備のことではないようです(一部はオイラの担当ですけど・・・)。
(続く)

コドモネタ 18

これから共働きパパになる方へ(6)

「病児」と「病後児」の続きです。
「病児保育」をしてくれるところと,それとは別に「病後児保育」の対応をしてくれるところがあります。

ただし,いろいろ規制があって,
「病後児」とは病気の回復期にある子供を預かってくれるということなので,預けている最中に病気がぶり返すと,やっぱり「お迎えコール」が来ます。
やはりその基準は38度なんですね。「病後児」として連れて行くには出かける前に38度未満でないとダメなんですね。

あと,服用中の薬があるときは何を飲んでいるのか処方箋のコピーを渡さねばなりません。
解熱効果のある薬が入っていると,たいていダメ出しされるか,発熱が再開したらすぐ迎えに来てくれるかどうかを聞かれます。
なので,再度発熱してしまった子供を,親の仕事が終わるまで預かっているとマズイんですね。「病児」扱いになるので。

また事前に「面接」を受けに来てくれ,というところもあるみたいですね。
(せっぱつまってるのに事前に行けないよねー)。


結構,預けるのにハードル高いんですよ・・・。

ハードルが高いのは,なにも預ける側だけでなく,「病後児」を受け入れる保育園も同じです。自治体の条例によって違うかもしれませんが,看護士の資格を持っている保育士さんがいないとダメとか(そんな人あんまりいないよねー),病院が併設されてないとダメとか規制が多いんですね。

万が一のことを考えての規制なので,100%条件にあわないとクリアできないんです。
それでも「病後児保育」の受け入れに踏み切った園の責任者の方って,本当に頭が下がります。
感謝,感謝です。


都内では,「認証保育所」という保育園があります。これは基本的には都下の認可保育園の基準を一部満たしていないけれど,認可園と同等の扱いを受ける園のことです。
(認可だと園庭の面積とかいろいろ条件あるようですが,都会のど真ん中でこれから建てる園の園庭面積クリアなんてできないですよね)


チョッと前までは「病後児保育」は「認可園」に通っている子だけが受け入れの対象でした。
そう,「認証保育園」の子は預かってもらえなかったんです。都は「認証」と「認可」は同等ですよ,と言っているのに,区によっては「認可園の子だけが対象です」と突っぱねていたんですね。当時は子供を「認証園」に通わせていたので,相当オイラも感情的になりました。

あまにもタテ割り,マニュアル的な対応なので,オイラは区長に手紙を書きました。長々と・・・。
(普通,都がOKなら,都下の区もOKと思うじゃないですか,一般人ならね・・・)

そのとき,いろいろ相談にのってもらった方々,ありがとうございます。
子育てで,こういうお付き合いの広がりができるとは思いませんでした。
(今では「認証園」の子も可,ということになってます)


当時から思っていたんですが,こういう陳情じゃないですけど,意見を述べたり,書面をしかるべきところに出すのって,やはりというか,まだまだというか父親(男性)から出したほうが相手のリアクションが早いような気がします。
対応する方も本当,毎日激務な方が多いと思うんです。お疲れ様です。文句言って申し訳ないと思いますが,誰かが言わないと変わらないことが多いですよね・・・。

コドモネタ 17

これから共働きパパになる方へ(5)

子供の急な発熱って結構,心身ともにつらいですよね。
そういうとき子供を預かってくれるところはないのかなーっていろいろ調べました。

都内でも「病児保育」をやってくれるところが,あまりなくって,結局は我が家も自分たちが交代で休んで看病していました。
(問合せはしましたし,ありがたいことに当日いきなり行っても大丈夫というところもあるんですが,そこへ子供を連れていく往復時間や子供自体が体力的に往復に耐えられないということもありました)

今では,「病児保育」をやってくれるNPO法人「フローレンス」さんのようなところも出てきて,だいぶ体制が整ってきたなーという感じがします。
ただ,フローレンスさん以外で「病児保育」を行っている団体はというとなかなか無いのが現状です。
(そこらへんの事情は代表の駒崎さんが書かれた『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』を読んで頂ければと思います)


ところで,新米パパさん達は「病児」と「病後児」の違いって分かります?

概念的には子供の体温が38度を超えていたら「病児」,38度未満で病気の回復期にあるときは「病後児」というふうに考えてください。

保育園で子供が熱を出したとき38度になると「お迎えコール」が来るのはこのためです。

まーね,ただ,一概に38度といっても子供は概して体温高めですし,37度台が平均体温の子も多いです。
ちょっと外で駆け回っただけで38度いっちゃう子も多いですよ。
それで,午後お昼寝するときに38度になってて「お迎えコール」が来て,急いで駆けつけたら平熱に戻ってた,なんてことがウチでもありました。

結構年配の保育士さんだと,なんとなく勘で,「これは親を呼ばなくても大丈夫」とか判断してくれることがあります。中には無機質的に,マニュアル的にじゃんじゃん「お迎えコール」されちゃう方もいて,仕事中にイラッて来ることもありましたね。
(経験浅いサッカー審判よろしくレッドカード出しまくりみたいな・・・)
(マイケル・J・フォックスの『ドク・ハリウッド』で似たような視点のエピソードありましたね)


ですが,
わが子を普段から「抱っこ」してみて子供が「今日は熱っぽい」,「今日は元気だ」と自分で体得しておくのはとても大事ですね。
「抱きぐせ」をつけるのは良くない,っていうアドバイスが古くからあるみたいですが,「抱っこ」はしておいたほうが『絶対イイ』です。

2008年3月14日金曜日

コドモネタ 16

これから共働きパパになる方へ(4)

子育てにこれから参加されようとしている共働きパパが意外に知っていないこととして,
「幼児の熱が何度になったら保育園から『お迎えコール』がかかってくるか」
があります。

園によってもまちまちですが,概ね38度になると確実に「お迎えコール」が来ます。
ただ,その子の状況なんかを判断して,37度台でもTELが来ることもあります。
「そろそろ熱上がりそうだよー」っていう前倒しコールですな。

気のいい園長さんだと,
「そうはいってもご夫婦大変でしょうから,ちょっと看ててあげますから,お仕事の切りのいいところで迎えに来てくれていいですヨ。」
とか言ってくれます。とてもありがたいデス。(感謝)

友人の園長なんかは厳しくて,ちょっとでもお迎えが遅れると小言を言われるそうなんですが,そんなこと言ってもねー・・・。

ということで,ちょっと勇気と経済的な決断が要りますが,家と会社と保育園を一定の至近距離に置くことで,少しはリスクヘッジできるんです。

TELがあってから,会社の仕事の整理をして,家で挽回できる仕事と,同僚に「投げちゃう」仕事,今日やるのは諦める仕事・・・。ざっと30~40分で「気持ちと仕事にケリ」をつけます。
それで,保育園に行きコドモを引き取って,病院に行き,薬局で薬をもらって,いけそうなら夜の食事調達,ムリならヨメさんに買い忘れたものを連絡して帰りに買ってきてもらう,などします。


でも,オイラが同僚とかに「今日コドモが病気でさー。悪い,ちょっと帰るわ」ってフランクに言えるようになったのはごく最近です。5年もかかりました・・・。

なんか会社に「カミングアウト」するのに気がひけちゃうっていうパパ多いですよね。
ほんとはママにばかり引き取りやらせてて悪いなと思ってるんだけど,自分の会社には言いづらいっていう・・・。

あと,「同じ境遇の同僚」がいないと,なかなか切り出せないっていうのもありますね。

オイラの会社も共働きで乳幼児がいる家庭って,当時はオイラん家だけでした。今でもオイラんとこと,もう1世帯だけです。
(従業員少ない中小なので絶対数も少ないんですね)

ヨメさんとこも,今では結構な数の方が育休とった後に職場復帰するようになりましたが,最初はヨメさんともう1人だけでした。

社内での「育休復帰者に対する経験値」が上がらないと,会社としてもどう対応していいか分からないのかもしれません。人事制度・福利厚生担当者が独身の方だったり,子育て経験がなかったり,または「女性は子供ができたら退職が当たり前」という考えだったりすると少子化支援制度って進みません。

そんなこんなで,ヨメさんが休むときは,
「コドモが病気で・・・」
と言えるような職場環境になってきたのですが,当時はオイラが休みを取るときは,
「なんか都合のいい理由ないかなー・・・」
っていつも考えあぐね,
「自分が風邪ひきました。」とか
「今日は営業先に直行直帰です」とか(ウソです)
適当なこと言ってしのいでました。。。

「コドモが病気くらいで休むの?」って言い返す同僚がいない平和な職場ではありますが・・・いろんなことが頭よぎるんですよね・・・。現にノルマとかに苦しんでて,体調悪いときでも出勤してる若い後輩とか見てると申し訳ないって気にもなります。

ただーし!
こういうとき潔くスパっと休む上司だと後輩も,「あー!コドモが病気のときは休んでいいんだ!」と思ってくれますよネ!
自分が変わらないと社内が変わらないんだ,って気づいたのは遅ればせながら最近のことデス。

コドモネタ 15

これから共働きパパになる方へ(3)

そして,1月からヨメさんは働き始めました。
ちなみに,幼児というのは出生後,1年を過ぎたあたりから病気にかかり始めます。母体からもらった免疫が切れる頃なんですよね。

しかも1月生まれということで,1月に保育園入所,もちろん「慣らし保育」も12月中から通いましたが,年末年始休暇を挟んだので満足な慣らしはできませんでした。

冬ですし,インフルエンザやノロウィルス,ロタウィスルなんかも流行ります。
保育園に預ける家というのは,共働きが基本ですので,病気でコドモが休んでも,完全に治りきるまでパパかママが会社を何日も休めるというのは,あまりありません。
治りきらないうちに,また園に連れてきてしまうんですよね。
そうなると,すぐにお友だち同士で風邪なんかすぐ移りますよねー。

小さい子はちょっとの風邪で発熱します。

もう,こうなると割り切るしかないです。
よその子の病気が治りきってないな・・・というのは見ててすぐに分かりますけど,うちも同じように,コドモの風邪とか治りきらないうちに連れてきちゃいますから,「お互いさま」です。

うちの子もヨメさんが職場復帰した翌週から,風邪をもらってきました。
普通,オトナなら週末ゆっくり休めば翌週は出社できそうなんですが,幼児はそうそう熱が下がらないんですよ。全快するのに何日もかかるんですなー。

ヨメさんも復帰したばかりで,カリカリ来てるし,仕事も多いので,なかなか休めない雰囲気です。
「今会社を休むと職場からの信用が落ちる」という恐怖感がどうしてもあるようです。
それに,自分が自分にかけているプレッシャーも多かったようで,体調もすぐれてはいないようでした。

月曜と火曜はオイラが休むことにしました。
インフルエンザが流行っていたので,オイラ的に
「私がインフルエンザの疑いがあるので休ませてください(←ホントかよ)」
と会社にTELしました。
自分もコドモの風邪が移ってかなり体的には厳しかったし,月曜は大事な会議が入っていて,社長のご機嫌もやや損ねましたが・・・。ま,仕方ないですな。

月曜は「おんぶひも」を結んで,『パパと息子の小児科探しの旅』です。

引っ越したばかりで,どこに小児科あるかよく分からなかったんです。
ヨメさん任せにしていたし・・・。
電話をかけて場所を聞いて地図片手にね。

都心って,大通りをちょっと入ると袋小路のようなところがあって,迷いますよねー。
そうそう,結構雨も降ってたな・・・。

今思えば,この「小さな旅」で長男との絆が深まった気がします。

月曜から,大の大人がコドモ背負って,病院に行ったから,当時は看護士さんたちに結構珍しがられました。
といってもまだ5年前なんですけど。

で,月曜も火曜もコドモは熱で寝れなくてねー。
日中はオイラが抱っこで看病。
夜中はヨメさんと交代で「立って抱っこ」のまま夜を明かしました。

さすがに,水曜は出社しようと思い,悪いなーとは思いつつ,ヨメさんのお義母さんに来てもらいました。
(義弟に夜中のうちに車で連れてきてもらったのです)
その週は義母に面倒をみてもらいました。


だが,しかーし,
翌週,元気になったコドモは月曜・火曜と保育園に行きましたが,水曜にまた別の風邪をもらってきてしまい,休むハメに・・・。

水曜はヨメさんに休んでもらって,木曜はオイラが同僚に予め「明日,ちょっと用事があるんで休ませてくれー。代わりに休日出勤するから」って言って休みを取りました。


そして金曜・・・。
「う~ん,どうしようか」とヨメさんとオイラ。
病院から解熱の座薬をもらっていたので,朝方にそれをコドモに投薬して,何食わぬ顔で登園です。
「いや~,やっと熱下がりましてね(こっちは冷や汗)」

案の定,薬が切れて午後に保育園から
「お熱があるみたいなので,迎えに来て下さーい!」
のTEL・・・。

うぇ~,幼児って毎週熱出すのかよ?
(続く)

コドモネタ 14

これから共働きパパになる方へ(2)

コドモが生まれたのが1月で,ヨメさんの育児休暇は1年ということで,秋口くらいからでしょうか,いろいろと,育休明けの準備をし始めました。
早い方だともっと前から仕事に出ますよね。生後6ヶ月くらいでも。
ホント頭が下がります。

ヨメさんも,仕事上では結構責任ある立場なんで,一番心配だったのは,仕事をさっぱり忘れていて,勘が戻るかどうかだったようです。
ヨメさんの会社は7割くらいが女性社員なんですが,当時はそんなに育休明けでバリバリ働く方はいないようだったし,ワーキングマザーって,やはり気力体力要りますよね。挫折する割合も相当高いです。
そこらへんが心配でした。

ということで,まずは住居環境から見直しました。
今まで住んでいたところは,会社までドア・ツー・ドアで1時間半はかかります。ヨメさんもそのくらいかかります。
そうはいっても都心では平均的かもしれません。

住んでいるところの近所に保育園が見当たらなかったというのと,ちょっと足を延ばせば見つかったんですが,そこに預けてから出勤すると始業時間にまったく間に合わないということから,もうこの家から通うというのは諦めました。

帰宅後の疲労度も考慮しなくてはいけません。
また,幼児はいつ病気になるかわかりませんし,保育園の「熱があるみたいですので,お迎えお願いしますコール」が来たらなるべく早く行かねばならないですよね。

ということで,家探しです。
結果的に,ヨメさんの会社から徒歩で20分くらいのところ,オイラの会社から駅で3つ目のところにしました。
保育園もその範囲に収まりそうなところに決めて,認可保育園はハナから諦めてました。
(保育園ネタですが,都外から都内へ引っ越してくる際に,認可保育園の応募の際,そこに以前から住んでいた方と転入組とでは,転入組のほうが不利なんですね。まーそこに税金払ってなかったんで仕方ないのかとは思いますが)

都心ですから,不動産価格が値下がっているとはいえ,住宅ローンの増加はもう覚悟デス。。。
(続く)

コドモネタ 13

これから共働きパパになる方へ(1)

いやー,もう3月中旬ですね。多くの方はこれから新年度を迎えるための準備とか,年度末決算とか,年度末までに売上計上できるのはどんどん売って来ーい!とかハッパかけられたりで大変ですよね。

新年度というと,お子さんを4月から保育園に通わせようとしている新米共働きパパママが多いんではないかと思います。

そんな方へ待望の書籍が出ましたよ!

ファザーリング・ジャパンの代表,安藤哲也さんの書かれた「パパの極意―仕事も育児も楽しむ生き方」などを参考にされるとよろしいかと思います。


いい機会かなと思ったので,我が家の共働き家族の経緯なんかをここで語らせてもらおうかなと思います。
なんか参考になれば(なんないかも),幸いデス。



オイラのところは,夫婦共働きで結婚して約8年間はDINKS生活でした。
別に子供が欲しくないわけではなかったんですけど,お互い仕事を持っていたし,それなりの役職にもなってたので仕事も多かったし,そんなに子供がいなくても困らないかな・・・って感じで過ごしていたんですが,さすがに,「このままお互い年取って,今は楽しいけど,数十年後に寂しくないかな?」って気持ちもふつふつと湧き出てきたんです。

それからいろいろ家族計画的なことを考え始めたんですけど,なかなかお子様って神様は授けてくれないんですね。

病院にも何件か通いましたし,いろんな処方箋もいただきました。
ヨメさんは手術も受けましたし,オイラも複数の薬を毎日飲む生活・・・。
相当,値段高いんですよ。
当時はそのほとんどが保険効きませんでしたから。

ずいぶんと心と体に副作用もありました。
「こんなつらい思いして子供って,ほんとに要るの?」
っていう気持ちにもだんだんなってきますよね。
何かの戦いに2人で挑んでいるみたいで,何の為に戦っているのかわからなくなってきました。

で,ヨメさんと相談して,
「もうつらいから,次の診断の結果が思わしくなかったら,子供のことは諦めよう・・・」
ということにしたんです。

そして,投薬も手術のことも忘れて,数ヶ月は気ままな生活に戻しました。

ところがどうでしょう。
そういった諸々の肩の荷を下ろしたとたん,神様は1人の子を授けてくれました。

出産は一応,立会いに行ったんですが,あいにくオイラの会社は「中期事業計画」の策定中で,しかも明日はオイラの出番。
前の晩,お腹の調子を確認しているヨメさんを横目に,夜更けまでエクセルと格闘してました。。。

で,ヨメさんと病院に行ってからも計画書が出来上がらなかったんで,待合室で「仕事」です。自分でも笑っちゃうくらい仕事人間ですよ。
病院でメールとか出すとまずいので,近所のコンビニで書類をFAXしたり,原稿の内容を同僚に説明したりで,正直,いつ生まれたのか憶えてません。

それから,分娩室に通してもらって,母子と対面したとき,感激で泣くってことはなかったんですが,我が子が,着せてもらったかいまきの袖口を「アムアムッ」て噛んでるのを見て,
「ほ~,なんかカワイイかも!コドモがいるってなんか悪くないな・・・」
って思いました。

2008年3月4日火曜日

日々の備忘録 1

コーヒーはヨーロピアン・ローストが好みだった


高校時代,僕の斜め後ろの席に彼は座っていました。

黒ぶちの眼鏡をかけて,一見,外国小説なんかを無言で読みこなすようなタイプの彼は,バンドでは,ギターとして,デュラン・デュランやJAPANを演っていました。僕は当時からずっとハード・ロック系で,すれ違いが多かったけど,ずっと,彼のことはニュー・ヨーロピアン系な人と思っていましたが,高校時代に渋谷へ出たとき,楽器屋さんのキーボードコーナーで,いきなり流暢なピアノを弾いていたのを見て驚きました。

「こんな曲も弾けるの?すごいね。」

「いや,まだまだダメだよ。俺は。姉貴のピアノでちょこっとマネしてるだけだから・・・」

普段,寡黙な彼は酔うと,「俺はダメだ」を連発するような謙虚な男でした。

そうそう,仲間うちで東京に繰り出したときに,上りの出口で往復切符の下りを改札で渡してしまい,帰るときにとても困ったよね。みんなで駅員さんを説得して,なんとか家まで帰ってこれたね。
当時は自動改札でなかったし,新幹線も大宮暫定始発でさ,でも楽しかったよ。

それから彼は難関国立大にストレートで受かり,ずっと離れたところで暮らしていました。

先々月から,僕はふいにベースが弾きたくなったり,買いたくなったり(実際買ってきた),ジャズがとても聴いてみたくなったり,なんとなく音楽に浸かりたいという衝動にかられました。そして,いままでコピーしたことのない曲でも,なぜか音を簡単にとれることがありました。

先日,仲間から連絡がありました。

僕が新しいベースを買いに行っていた日,彼は空の世界へ行ったそうです。

今頃は,あちらで巨匠たちと一緒にセッションしているでしょうか。

僕もまだまだですよ。
練習しないとね。